2013年11月30日

【フィリピン台風30号】救援ニュース No.21

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フィリピン台風30号(Haiyan) 救援ニュース ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「貧困と災害」

フィリピン中部の島々で猛威を振るった台風Haiyan。28日のフィリピン国家災害対策本部の発表では、死者5560人、行方不明1757人に上っている。年に20ほどの台風が来襲するフィリピンでも、これほどの犠牲者を出したことは少ない。1991年にレイテ島オルモック市を襲った台風に伴う記録的な豪雨が洪水を発生させ、約8000人(正確な数字は不明。5000〜6000とも言われる)が命を落とした。だが、この時の台風は決して今回のような大型のものではなく、洪水によって川の中州に住む貧困層の住民が多数亡くなった。これだけの大災害を引き起こした要因は、少数の大資本家によるココナッツやサトウキビなどプランテーション農園のために丘陵地帯の森林を伐採したことによると当時のフィリピンのメディアが報じている。

 今回、スタッフが訪れたセブ島北部の被災地は高級リゾート地もある一方で、貧しい人たちも多く暮らしているという。貧しい人たちが竹や木で自ら作った簡素な家屋は、この台風で跡形もなく吹き飛ばされている。また、そのような人たちの営む農業も収穫前で大きな被害を受けている。仕事を求めてセブの中心部へと出稼ぎに行く交通費さえも捻出できない人もいる。被害の甚大なレイテ島は貧困層が多い地域でで、バランガイ(地区、最小の行政単位)に届いた物資を取りにいく交通費や燃料さえもない被災者も少なくないという報道もある。また、レイテ島では多くの被災者がセブやマニラへと避難しているが、今もレイテ島に残っているのは、それさえできない貧しい人たちである。悲しいことに災害はいつも貧しい人たちを苦しめる。

近年、アジアでも経済成長が著しいフィリピンでは、富が極端に偏り、国民の1割にあたる1000万人以上が仕事を求め、海外に出稼ぎに出ており、人口の4割(約4000万人)が未だ1日2ドル以下で生活している。
(吉椿雅道)
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2013年11月29日

【フィリピン台風30号】救援ニュース No.20

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フィリピン台風30号(Haiyan) 救援ニュース No.20
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「フィリピンの学校事情」(第一次先遣隊 現地レポート)

 皆さんが災害時に避難する場所と言えばどこでしょうか。おそらく大半の方は「学校」と答えると思います。日本では最も頑丈に作られている施設の一つです。フィリピンでも住民にとっては重要な避難の場となります。しかし、今回の台風被災地では、ほとんどの学校で非常に大きな被害が見られました。
私たちが訪れたセブ島北部の学校は、強風により屋根は飛ばされ、建物は大きく損壊し、ガレキと化している校舎もありました。一見無事だった建物でも窓枠サッシが捻れ、風の影響とは思えない窓が無くなっているという被害が見られます。フィリピンでは学校の強度基準が設けられておらず、耐久力の弱い校舎が台風で壊れました。

 一方で、学校に避難したくないという声も聞かれた。セブ島北部のタピロンという地域に住むある家族は、財政的な都合で兄弟の内で長男しか小学校へ行かせることができず、教育を受けていないことが恥ずかしいために学校での避難生活はしたくないと言います。教育格差が非常時の避難にまで影響を与えていることは、今後解決していくべき課題であると思います。

 授業が一部再開した地域もあります。しかし、校舎の一部が崩れていたり、避難所として使われたりしているために、まだ完全に再開することは難しく、限られた教室を学年やクラスごとにかわりばんこに使っています。また学校に避難している人たちは、授業の間は外に出ていなければならず、教育の場と生活の場がたいへん不足していることが伺えます。現地日本人のKさんによると、もともとフィリピンには子どもに対して学校の数が少ないそうです。
 
 セブ島北部のマイヤでお話を聞いた家では、子どもが台風の雨により濡れてしまった教科書やノートを乾かしていました。彼に早く学校に行きたいか訪ねると、元気に「Yes!」と答えてくれました。フィリピンでは教室に教科書を置いておくことが多く、そのため学校ごと教科書が吹き飛ばされてしまい、しばらく授業ができなくなってしまったところも多いそうで、早めの対策が必要です。そして災害に対する施設の強度や学校の数、教育格差など多くの問題を抱えていたフィリピンの学校事情を、この災害を契機に見直さなければならないのではと痛感しました。

(上野 智彦)

☆12月3日には報告会をさせていただきますので、ぜひお越し下さい。
http://philippines2013typ.seesaa.net/article/380863022.html
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2013年11月28日

【フィリピン台風30号】救援ニュース No.19

フィリピンの台風被災地へのご支援ありがとうございます。
引き続き現地の情報をお伝えします。

☆12月3日には報告会をさせていただきますので、ぜひお越し下さい。
http://philippines2013typ.seesaa.net/article/380863022.html
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フィリピン台風30号(Haiyan) 救援ニュース No.19
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「フィリピンのボランティアたち」

Women's Refugee Commission(WRC)という団体の記事をCODEのボランティアさんが翻訳してくれた。その記事によると、この台風Haiyan後にマニラ空港で食糧を輸送するボランティアを夜通し行っている学生たちが、「悲しい思いが動機となって、助けたいという衝動に駆られて・・・」と語ったという。また、WRCは、「災害や緊急時は、若者たちが新しいスキルを学び、人間として成長する機会を与えてくれる」、「フィリピンで湧きあがった若者の自発的な新しい取り組みを無視しないでほしいと願っている」と語っている。
※翻訳文はCODE World Voiceに掲載 
http://codeworldvoice.seesaa.net/article/381195098.html

世界で大規模災害が起きるたびに市民による支援が湧き起こってくるが、フィリピンでもNGOなどの組織を通じたボランティアだけでなく、若者自身がグループを組織したり、個人でボランティアに駆け付けるという動きも起きている。

CODE発足のきっかけになった阪神淡路大震災(1995)でも、中国四川大地震(2008)、ハイチ大地震(2010)、東日本大震災(2011)でも、大きな組織とは別に、被災地に駆け付けたボランティアたちの自由な発想と動きが展開されてきた。

CODEのスタッフも、セブシティーのテレビ局前に集まり、物資の仕分けを行う若いボランティアたちを見て、「登録、管理された感じはなく、自由なボランタリーな感じだった」と語っている。 このようなボランタリーな動きは、フィリピンの相互扶助の精神「バヤニハン」が大きく影響しているのだろう。フィリピンのある研究者によると「何世紀にもわたる災害の経験がフィリピン人の行動様式を規定し、それらの経験が助け合いやボランティアの精神をあらわすバヤニハンの意識を醸成した」と論じている。外部の支援者は、フィリピンの人たちの自発的でボランタリーな動きを十分に生かすことが求められる。
(吉椿雅道)
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2013年11月27日

【フィリピン台風30号】救援ニュース No.18

「知られていない広大な被災地」

 フィリピンの台風被災地へのご支援ありがとうございます。本当に多くの方々の助けを借りながら、10日間のフィリピン被災地への派遣を終え、24日に帰国いたしました。

 実際に被災地へ行くと、様々な面において日本で報道されている情報とのギャップを感じます。先のレポートでも紹介されている、略奪などの被災地の治安もその一つです。そして私が何よりギャップを感じたのは、台風による被災地の広さです。

 今回の台風の被災地として主に取りあげられるのはタクロバン市のあるレイテ島や高潮被害が甚大であったサマール島です。しかし実際には、台風の被災地はこの2島だけではなく、フィリピン中部ビサヤ地域の非常に広大な被災地で多くの住民が厳しい状況での生活を強いられています。

 今回私たちが訪れたセブ島、パナイ島でもセブ市、イロイロ市から車で北上するとすぐに倒れたバナナの木や屋根が飛ばされてしまった家が見られました。地図で確認してみると、台風の通った所から約50km以上離れた地域でも甚大な被害が発生していたということがわかりました。このようなあまり周知されていない被災地の中でも、特に町と町の間の集落に住む人たちは、さらに支援の手が届きにくい状況に置かれています。セブ島ダアン・バンタヤンの市街地から少し外れた地域に住むMさんは、「支援が少ない。今日の食べ物に困るわけではないが、十分とは言えない。特にこの地域は支援の車が停まることも少ない。」と述べていました。

 災害を風化させないために忘れないということは、東日本大震災でも取り上げられ、CODEでもシリーズ「災害を忘れない」を発信しています。そして、今回の台風では、日本で報道されているよりももっと広い地域で、もっと多くの人が災害によって大きな被害を受けていることを忘れないで欲しいと思います。

(上野智彦)

☆12月3日には報告会をさせていただきますので、ぜひお越し下さい。(18:00〜20:00こうべまちづくり会館)
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2013年11月26日

【フィリピン台風30号】救援ニュース No.17

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フィリピン台風30号(Haiyan) 救援ニュース No.17
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「支え合い〜被災地から被災地へ」

2011年の東日本大震災の被災地からもフィリピンの被災地へ支援の動きが起きている。

当団体CODEも1995年の阪神・淡路大震災の際に世界約70カ国からご支援を頂いた事がきっかけで「困った時はお互い様」と被災地KOBEから世界の被災地へと救援活動を行って来た。

東日本大震災では、フィリピンは2週間後に岩手や宮城に食料パック1500個、カップ麺1万2000個、バスタオル1000枚、マット1000枚、防塵マスク5000枚の物資(外務省発表)を支援してくれた。また、宮城県に医師3名を派遣し、こころのケアなどを行った。宮城県石巻市を訪れたアキノ大統領は、市に対して7600万円の義捐金を贈っている。

2011年のデータでは、在日フィリピン人は21万人という。在日外国人としては中国、韓国・朝鮮、ブラジルに次いで4番目に多く、日本各地に住むフィリピン人たちもこの台風災害への支援を開始している。東日本大震災の被災地である岩手、宮城、福島の3県からも「あの時の恩返しがしたい」と様々な動きが起きている。

福島県(県内在住フィリピン人2160人、2011年データ)では、南相馬市の中学生たちが自主的に募金を行い、いわき市では小中学生が救援物資を集めている。また福島市やいわき市のフィリピン人コミュニティの人たちも祖国の大災害に心を痛め、募金活動を行っている。

宮城県(県内在住フィリピン人974人、2011年データ)では、県が200万円の見舞金を贈り、南三陸町では、カップ麺や毛布、カセットコンロなどの物資を独自に送り、気仙沼のフィリピン人コミュニティの人たち、七ヶ浜の仮設住宅の女性たち、みやぎ生協、石巻市雄勝、仙台市などで募金も行われている。

岩手県(県内在住フィリピン人885人、2011年データ)では、県庁に募金箱が設置され、盛岡・マニラ育英会や陸前高田のNPO、大船渡のボランティアグループなどもフィリピン台風災害への募金を呼び掛けている。

未だ復興途上の東北の被災地からフィリピンの被災地へと国を超えた支え合いの輪が着実に広がってきている。災害を通じて世界が確実に近くなってきている。
(吉椿雅道)

☆12月3日には報告会をさせていただきますので、ぜひお越し下さい。
http://philippines2013typ.seesaa.net/article/380863022.html
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